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夜の帳が静かに降りるころ、いつもの如く暇を持て余している風に見えるアジトの中で

五右ェ門が珍しく鏡の前でめかし込んでいた。

「出かけるのか?」

ソファの上で寝そべって、五右ェ門を見もしないで次元が言った。

「うん」

五右ェ門は襟元を正しながらつぶやいた。

「おーおー、一張羅なんか出しちゃって、デートかぁ?」

ルパンがからかうような口振りで五右ェ門の肩を掴んだ。

「うん」

さっきとまるで変らない口調でうなずく。ルパンの目が丸くなった。

「オイ、マジかよ。で、相手は誰なんだ?知ってる子か?」

好奇心むき出しで質問攻めにするルパンを無視して、五右ェ門はつかつかとドアに足を向けた。

「まーさか、不二子ちゃんだったりして」

五右ェ門の足が一瞬とまり、ちらっと肩口でルパンを見た。

が、すぐに何も言わぬまま部屋から出ていった。

ふたたび部屋に静寂が訪れた。と次元が思ったその時、

「おい、行くぞ」

ルパンは急き立てるように次元に声をかけた。

「どこに行くんだ?」

やる気のなさそうに次元は煙草の煙を吐き捨てた。

「決まってんだろ!五右ェ門をおっかけんだよ!」

焦ってジャケットの袖に腕をつっかえさせるルパンの後ろで、ため息交じりに次元が起き上がった。



ホテルの最上階、落ち着いたムードのバーの窓際のカウンターに五右ェ門は一人で座っていた。

そこはもっとも夜景が美しく見える場所だった。

「随分しゃれたポイントを知ってるじゃねェか」

観葉植物に隠れるような席で、次元はニヤニヤしながら五右ェ門の背中を見た。

「バーカ、悪目立ちするっての」

面白くなさそうにルパンはつぶやいた。

「確かにな」

羽織袴にカウンターバーはあまりにも不釣り合いだ。さすがは都会で、それを気にしている人は誰もいないが。

「来た!」

ルパンが声をひそめてつぶやいた。女が一人、五右ェ門の肩に手を置いた。

「お待たせしちゃったかしら?」

その声を聞いてルパンは嫌な予感が的中したことを知った。

「あ〜りゃ、不二子じゃねェか」

次元が言わずもがなのことを言った。ルパンの拳が小刻みに震えている。

不二子はいつもの胸を強調するような服ではなく、スカート丈こそ短いが落ち着いた感じのスーツを着ていた。

おそらく五右ェ門に合わせたのだろう。それがまたルパンの気に入らない。

不二子はオーダーをたのむと五右ェ門のとなりに座った。その頭が、自然に五右ェ門の肩によりそう。

「なっっ!!」

とっさに立ち上がろうとするルパンの頭を次元が押え込んだ。

テーブルに押え込まれたルパンの口から、情けないうなり声が漏れた。

二人は夜景を眺めながらほとんどその状態から動かなかった。席が遠いので会話も聞こえず、

背中しか見えないので口も読めない。

「くっそー。ガラスに映り込みもしねーや」

悔しそうに必死に目を凝らすルパンを尻目に、

口が読めるほど映り込んだら夜景が見えねェじゃねェかと次元はボンヤリ考えた。

灰皿交換をしに来た店員が吸い殻の山に呆れ返りながら去った頃、

五右ェ門と不二子が席を立った。気づかれないようにルパンと次元も後を追う。

二人は外に出るとタクシーを呼んでいだ。車が停まる間にも、不二子は五右ェ門と腕を組みぴったりと寄り添っている。

物陰から車で待機するルパンは、ハンドルを砕けんばかりに握り締めて今にも泣きそうだ。

面白れぇことになりやがった。思わずニヤつくのをルパンに気づかれないように、次元は目深に帽子を被り直した。